駐妻の憂鬱 前編

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笠井まりこ

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駐妻

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この記事は約7分で読めます。

はじめまして、かさいまりこです。

2014年9月、今から2年半前、私の肩書きは「駐妻」になりました。

アメリカに来て2年半、引っ越し、出産、また引っ越し、そして起業。

書き出してみると結構いろいろとやっているようです。

一つ一つ何かが起きるたびにたくさんインターネットを検索して調べたり、

人に聞いてきたりしたのですが、ひょっとして自分のこの経験も、

誰かのお役に立てるかもしれない、そう思って、ブログに書いてみることにしました。

 

 

まずは、自己紹介がてら、私が駐妻になる前後のお話を最初に書かせていただこうと思います。

 

6月の半ばのある日、主人から電話で「アメリカ行きが決まった」と連絡が入りました。

 

仕事をしていた私は、正直、狂喜乱舞、心の中で小躍りしました!

 

「この辛い、フルタイムワークと家事育児の両立から逃れられる!!」

 

さらに遡ること2012年8月。第1子のはるとが生まれました。

 

それまでの私は60人規模のベンチャー企業でコンサルタントという名の営業、

部署のリーダーも任されて、仕事にやりがいを感じ、自分の存在価値を

仕事に見出していました。

年間トップセールスは当たり前。10億円規模の会社で、2億円ほどの

売上げを作っていました。

 

仕事が楽しいので、4時間睡眠は当たり前、土日にゴロゴロと寝溜めして、

家事もまとめて土日に。

平日は洗濯物が山になってようが、埃がいろんなところに溜まってようが、

主人も私も帰ってくるのは夜遅く、晩御飯も外食が普通だったので、

特に気にもとめませんでした。

 

それくらい、仕事大好き人間だったのです。

認められているのが楽しくて仕方なかったのです。

 

でも。

 

 

バリバリ働いていて、働いている自分が好きだった女性はもしかしたら

みんな通る道かもしれません。

 

妊娠して、子どもが出来る。

 

1年間育休を取って復帰する。

 

待っているのはなんでしょうか?

 

まずは容赦ない「時間制限」。

今までは好きなだけ働いていられたのに、

それができない。特に営業だった私は、昼間は営業先を回り、

夕方~早朝にかけて提案資料を作る、動いている案件を回す、

これが当たり前でした。

 

でも、子供ができたら。

どんなに遅くとも、6時がデッドラインです。

4時まで営業先を回っていると、帰社が5時。

そうするとお迎えまでもう1時間もありません。

じゃあ家でやればいいって?

 

待っているのは、子供の世話、ご飯、お風呂、洗濯、寝かしつけ。

寝かしつけってしんどいんですよね。

何がって、自分も横になるわけです。

疲れているのに、寝ちゃいけない。

拷問です。

 

あれ?今まで資料を作っていたはずの時間がありません!

そうです、資料を作る時間も、案件を回す時間もないのです。

夜泣きと授乳で疲れた体をひっぱたいて、朝起きてやる。

でも効率が上がらない。

 

そんなこんな、復帰してから2ヶ月。

 

もう一つの待っているもの。それは、

「周りから残念がられる、疎まれる」試練。

 

 

「かさいってもうちょっと出来るやつだと思ってたんだけどな」

 

取締役から言われた一言。

 

 

 

悲しくて涙が出ました。

3年経った今も言われた場面を鮮明に思い出します。

 

でも、何が一番悔しいって、自分が自分に一番悔しかったんです。

毎日毎日必死でやろうとしても、妊娠前のクオリティも量も足元にも及ばない。

自分の期待に応えられない自分が本当に泣けてきました。

 

 

何か変えたい、もうこんな自分やだ!!

と思っていた時に、決まったのが、そう!

アメリカ駐在!

「今は逃げていい時!環境変えるの万歳!」

 

カモンアメリカ!!

 

実は3歳から7歳までアメリカに住んでいたので、

英語には不自由しない。

不自由なのは車の運転くらいですが、それは練習すればなんとかなる。

 

喜び勇んで向かったのは、アメリカの首都、ワシントンDCのほど近く、

バージニア州でした。

 

でも、ここでまた試練到来です。

さて、世に言う、「駐妻ヒエラルキー」の問題でしょうか?

 

長くなってきたので、続きは中編で!

 
駐妻の憂鬱シリーズ一覧はこちらから。

シリーズ一覧:駐妻の憂鬱

 
 
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