1歳10ヶ月アメリカで断乳!そのとき娘の反応は?(前編)~駐妻の憂鬱

 

こんにちは、かさまりです。

 

 

ここ数日、実は体調不良で生きるのが精一杯でした。

 

何か・・・それは断乳によるパイの痛み!!

 

しかし、1週間経った今、ようやく落ち着きました。

 

私には2人の子供(いま4歳半の息子、ハルと1歳半の娘リコ)がおりますが、

今回(前編)では私と下の娘、リコの断乳のお話を中心に書こうと思います。

次回(後編)では、どうやって断乳後処理をしたのか、まとめますね。

 

 

断乳を決断した理由

私は上の息子ハルが産まれてから幸いなことによくお乳が出たので『完母(完全母乳)』、そして一貫して『卒乳派』でした。

と言うか、なんでも基本的には子供は本能で時期や必要なことを察知するだろう・・と言う考え方です。

ですので、公園でも子供たちがびしょ濡れになろうがなんだろうが遊びたいなら水の中へ、階段も登りたければちゃんと見張っている中でやらせる。

そうすることで危険を察知する力なども養われるんじゃないかなーと思っています。

 

なので、もうパイがいらない!と思う時期も自分で決めて欲しい、とハルのときから思っていました。

 

結果、ハルの卒乳は3歳半。

そうです、ずっと妊娠中もお腹が張らない限りはあげていました。

一時期、2人に同時にあげていたこともあります。

今考えると相当おかしな姿!しかもハルは人一倍大きいのに、3歳半まで。

なんとまー、異様な姿だっただろうと今になって思いますが、

それでもあげきった、と思えるパイ生活でした。

 

やめさせたきっかけはまだ小さいリコに風邪をどうしても移してしまうから。

それが耐えきれず、説得してやめました。

 

 

じゃあリコはいつやめる?

現在、1歳10ヶ月のリコ。

いつやめようか、1歳を過ぎてからずっと考えていました。

本来であればずっと本人がやめたいと思うまであげさせたい。

 

リコはご飯もかなりしっかり食べるし、走るし、ペットボトルでも水分が取れる。

いまやパイは完全に精神安定剤、口寂しさを紛らわらすもの、そして寝付くためのものでした。

正直、もはやなくても生きていけるもの。

 

でも、私にとっても、リコにとっても、授乳は至福の幸せだったりしました。

 

しかし。。。

 

幸せである一方で、夜も数度起きるたびに仕事が中断し私も寝落ちしてしまう、そしてソファーに座るたびに寄って来てめくってくる、外でも欲しがる・・・そのようなことにストレスを感じなかったわけではありません。

 

いや、ストレスを感じなかった、と言う言い方は嘘です。

 

ストレスでした。

 

それでも、私は卒乳させたいんだ、と心のかなりの部分で思い込んでいて、なかなか断乳に踏み込めませんでした。

 

ハルのときにたくさんの

「断乳ではなく、卒乳を!!」

という情報に触れ、もしかしたらある意味洗脳されていたのかもしれません。

 

 

やめるきっかけ~新生児とパイ~

先日、生まれて1ヶ月の赤ちゃんに会いにいく機会がありました。

 

その赤ちゃんは小さくて、触っても壊れそうで。

 

その赤ちゃんが一生懸命パイを飲んでいました。

 

そんな中、リコはちょこっとやって来て、トレーナーの中に自ら入り、

ちょっとだけパイをして去って行きました。

 

それを見て、いや、もういいな、と思えたのです。

 

やめたくない、と思っていたのは私の方で、もうリコはいらんだろう、と心から思いました。

 

 

どうやって断乳したか?

さて、説得断乳しかしていない私。

 

どうやって断乳したらいいかわかりません。

すぐにママ友に聞きました。

 

そうしたところ、、、

パイに顔を描いた、

絆創膏した、

予告して1ヶ月後にやめた。

 

いろいろ出て来ました。

 

リコとわたしの性格を考えて、私は予告なしでいきなりやめようと決めました。

リコは超がんこ!変えられるものは自分の力で変えてやる!タイプです。

私はこと育児に関しては「自分で決めさせる」以外にルールがない。

と言うわけで予告すると確実に負けるのです。

 

そこでとったのがでかい絆創膏作戦!

 

でかい絆創膏を片方はって見せました。

(両方貼りたかったのですが、やって来てバレてしまったので

慌ててまずは片方になりました・・・)

 

すごくびっくりしたリコ。

 

「こっちのパイ、なくなったんだって。」

 

そう伝えて、もう一方、貼っていない方を見せました。

そちらに少し来たものの、すぐにやめてどっかに行きました。

 

「(お、これは行けそう。。)」

 

そしてハルの友だちに夜ご飯まで一緒にしてもらい、

いざ就寝。

よっぽど疲れたのか、コテっと寝ました!

 

 

次の日の朝。

3時ごろにパイが欲しくて起きたものの、絆創膏を見て

あーそうだった、と言う感じでまた寝ました。

朝5時。喉が渇いて起きて、やはりまさぐりましたが、

また、そういえばなかった、と言う感じで、

 

「カルピス飲む?」

 

と聞いたら立ち上がり、一緒に起き出して飲みに行って、そこから

起床。

 

その日、次の日とたまにパイを日中見に来ますが、基本的には欲しいと泣くことはなかったです。

 

困ったのは寝入り。

今まで添い乳でしか寝ていなかったので、昼寝はどうやって寝たらいいかわからない、夜も寝付くまで1時間ほど、ゴロゴロしたり、遊んだりしていますが、1週間経った今、ギリギリまでママのそばにいて、寝入る時に自ら離れる、と言うスタイルになりつつあります。

寝入るまでにかかる時間も1時間以上かかっていたところが、1週間経った今、30分くらいになっています。

 

最初の3日くらいは10分くらい、手をつけられないタイプの夜泣きをしていて、その時はもうどうしよう・・・と途方にくれましたが、1週間経った今はそれもなく、夜1度も起きないで寝ていてくれる日も。

 

断乳までは、1日に2、3回は当たり前のように起きて添い乳していたので、この変化にはびっくりです。

 

 

もう準備が整っていた、手放せなかったのは私の思い込み

1週間経った今、もうパイの絆創膏もいりません。

見に来ることもなくなりました。

晴れて卒業できたようです。

 

今までスキンシップといえばパイ、でしたが、むしろわざわざぎゅーしにきたり、私の上にゴロゴロしにきたり、スキンシップを目的に寄って来てくれるので、可愛くてメロメロです。

 

パイ、息子の時にはやめさせるのがとても遅かったです。

今回も、できるならしたくない、と自分が思っている、と思っていました。

そして娘もきっとそう思っている、と・・・。

 

私がパイ辞めたくなかった理由、深ーく深ーく考えると、実に自己中な思い込みだったように思います。

 

一つはあげれば寝せることができる、外でもおとなしくなる、と言う利便性。

本人もまだやめたくなさそうだからいいだろう、と言う気持ち。

そしてもう一つ。実は前ほどそばに寄って来てくれないのではないか、パイという繋がりがなくなったらママの役割は終わってしまうのではないか、、、はたから見たらそんなことは絶対ないと分かるのでしょうが、私は大真面目にそう思ってました。

 

だから、ママの存在意義を残しておきたい。

 

そう思って踏み込めなかったのです。

 

でも、それは完全な思い込みでした。

 

ママってもちろんパイだけのために存在するわけではないですよね。

 

パイの繋がりがなくなっても、リコはママを大好きでいてくれます。

 

そしてパパにもより一層懐くようになりました。

 

1つ手放して、たくさんのものを手に入れた気がします。

 

もうパイをあげながら目を合わせ合うことはないけれど、その分たくさん一緒に遊んで、ギューして、新しい関係が始まったのです。

 

わたしとリコには、この1歳10ヶ月のこの時期が、タイミングだったようです。

 

 

断乳、卒乳に正解はない

今、現役でパイをあげているお母さんたちも、いつか迎える、

パイを終える時期。

 

巷ではほんとにたーくさんの情報があったり、友人や親に色々とアドバイスをもらったりすることもあるでしょう。

私自身もたくさん調べたり、ママ友と情報交換したりしました。

その中で卒乳がいい気がする、と思い込んでいました。

 

でも、自分がこうして終えてみて思ったのは、これは「人それぞれ、それぞれのママと赤ちゃんの物語」、なのです。

ハルと私。

リコと私。

それぞれの終え方をしましたが、一番大事なのはママが納得した終わり方ができること。

 

終えてみて、とても体力が復活しました。いつも疲れていたのが、随分と元気になったように思います。

それだけ、命を削ってパイをあげていたんだな、と。

 

だからこそ、ママが決めればいい。

そして赤ちゃんとの間でお互いに納得できる終わり方、新しい関係を作ればいいんだな、と、パイは終わるけど、違う扉が開くんです。

 

薬を服用しないといけなくなってやめなくてはいけない人もいるでしょう。

噛まれて辛くなったり、出なくなってやめる人もいるでしょう。

普段は働いているから、帰った後、たっぷり甘えさせてあげたいからあげ続ける人もいるでしょう。

 

どれも、ママがそれでいい、それがいい、と思えばいいんだと思います。

 

逆に、辛くなってしまったら、もういい、と思うんだったら、そこでストップしてもいいんです。やめざるを得なかった場合も、そこがやめるタイミングだったんです、きっと。

 

こちらのママたちはパイに関しても考え方が多種多様、そしてそれぞれの考え方を否定することはありません。

 

「体を返して欲しかったから早くにやめたわ!」

「もっとあげようと思ってたけど、噛みまくって辛いからやめた!」

「じつはまだまだあげているのよ。」

 

どれもオッケーなんです。

 

ネットを見てしまうと、そして友人と話していると

「~~でなくてはならないのではないか!」

と思ってしまうことも多々ありますが、大事なのは自分がどうしたいか。

 

私にとって、この断乳体験はそんなことが気づくことができる

ものとなりました。

 

さて、今回はリコとママという話を書きました。

後編では、いったいどうやってアメリカで断乳後の処理をしたのか?

断乳後の不安としてもう一つあったのは、「私のパイ、いったいどうなる?!!」でした。

長くなったので、後編では私の体験を書こうと思います!

 

 

『駐妻の憂鬱』シリーズ一覧はこちらから。

シリーズ一覧:駐妻の憂鬱


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今回もお読みいただきどうもありがとうございました。

 

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